大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和56年(オ)695号 判決 1983年2月22日

上告人

松尾政則

被上告人

味の素株式会社

右代表者

渡辺文蔵

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一点について

記録によれば、原審の訴訟手続に所論の違法は認められず、論旨は採用することができない。

同第二点及び第三点について

原審の認定した事実の要旨は、(1) 被上告会社取締役会は、昭和四四年七月二五日被上告会社の退任取締役及び監査役に贈呈する退職慰労金の算定に関し、本件内規を承認した、(2) 本件内規によると、退職慰労金は、在職中の最高年間報酬に任期及び功労金を加算して支給するための「功績度率」を乗じて算出することになつているところ、そのうち「功績度率」は最高1.3であるが、いわゆる役付でない取締役については、「功績度率」による加算をしないことが従来から慣例として確立していた、(3) 被上告会社の取締役会議事録には、本件内規を承認した旨の記載のみがあつて、本件内規の内容は記載されていないが、株主は、被上告会社の本店及び各支店に備え置かれてあつた右議事録によつて本件内規の存在を知ることができ、また、被上告会社は、株主の請求があれば、本件内規及び従来の慣例の内容を説明することとしていた、(4) 昭和五二年六月二九日の被上告会社株主総会において、退任取締役である小林中及び荒井澄夫(いずれもいわゆる役付でない取締役であつた。)に対し退職慰労金を贈呈すること、その金額については、従来の基準に従い、諸般の事情を勘案の上相当額の範囲内とし、具体的金額、贈呈の時期及び方法の決定は取締役会に一任する旨の決議がなされ、同日開かれた被上告会社取締役会において、右金額、贈呈の時期及び方法の決定を取締役会長及び取締役社長に一任する旨の決議がなされた、(5) 取締役会長及び取締役社長は、右決議に基づき、本件内規及び従来の慣例に従い功労金の加算をしないで右両取締役に対する退職慰労金額を決定して贈呈し、その後に開かれた取締役会において、右金額、贈呈の時期及び方法について報告したが、その際の取締役会議事録には、右金額は記載されなかつた、というのであり、右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして、肯認することができる。右事実関係のもとにおいては、右退職慰労金の贈呈に関する株主総会の決議は商法二六九条の規定に違反するものではなく、また右取締役会の決議も商法二六九条及び株主総会の決議の趣旨に反するものではなく、いずれも無効であるとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は失当である。論旨は、独自の見解に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(横井大三 伊藤正己 木戸口久治 安岡滿彦)

上告人の上告理由

第一点 <省略>

第二点 原審判決は法令の解釈適用を誤り司法判決をもつて商法の規定を変更し国会の立法権を侵害した憲法違反の違法がある。

(1) 請求の趣旨

(イ) 本訴は被上告人会社において、昭和五二年六月二九日開催の第九九回定時株主総会における第五号議案、退任取締役小林中、及び同荒井澄夫に対する慰労金贈呈の件に関し最高限度額を定めず、当社の内規および従来の慣例にしたがい相当額の範囲内という不確定な要素によりその具体的金額、贈呈の時期、方法等の決定を取締役会に一任する旨の決議は商法第二六九条の規定に違反した重大な瑕疵があるので右総会決議は法律上無効であるとしてその確認を請求したのである。

(2) 次に予備的請求として、昭和五二年六月二九日に開催された取締役会において退任取締役小林中、及び荒井澄夫に対する退職慰労金贈呈について自ら退職慰労金額を決定することなく総会により再委任の授権がないのに総会決議をそつくりそのまゝトンネル方式によりその具体的金額及び贈呈の時期、方法等の決定を取締役会長及び同社長にその決定を再委任したことは受任者の善管義務違反であるから法律上無効であるとしその確認を請求したものである。

(3) 取締役に対する報酬額の決定権限について、

商法第二六九条に取締役の受ける報酬は定款にその額を定めないときは株主総会の決議をもつてこれを定める旨、定め取締役に対する報酬額の決定は株主総会の決議事項であることを法定しているのである。

取締役に対する退職慰労金が報酬であることについては判例・学説の一致した見解であつて本訴にあつても当事者間に争いのないところである。

したがつて、被上告人会社の定款に取締役の報酬額については何らの定めもないので当然株主総会の決議をもつて定めることが必要である。

元来、株式会社の業務執行の決定は取締役会の職務権限(商法二六〇条)に属し、この取締役会で選任された代表取締役が会社の委任(商法二五四条第二項)により会社を代表して営業に関する裁判上又は裁判外の一切をなす職務権限(商法七八条二六一条)を有している。

したがって、取締役に対する報酬に関する事項は会社業務の中に含まれているので当然取締役会や代表取締役の職務権限の中に含まれているのである。してみると、殊更商法第二六九条の規定の如きは必要がない筈である。

しかし、取締役に対する報酬額の決定を取締役で構成する取締役会や代表取締役に委ねるとお手盛の危険があるので取締役の私欲の抑制をはかりお手盛りを防止し会社業務の公正を期するため株主総会の決議事項として法定したものである。

従来、この商法第二六九条の解釈としては取締役のお手盛り防止という皮相的解釈が行われていたのであるが、商法第二六〇条第二六一条と第二六九条の各規定を比較検討すると、取締役のお手盛り防止という目的のためその手段方法として取締役会や代表取締役の職務権限を規制するため株主総会の決議事項とした立法趣旨と解釈するのが合理的で普遍妥当性を有しているのである。

このような上告人の主張に対し第一審及び原審は何らの判断も示していないのである。

また、一面に於て取締役や監査役は株主総会において選任するのでこの選任権の中には報酬額の決定権が内包されている観点から株主総会の決議事項とし商法第二六九条に定めたものと認められるのである。

以上のように商法第二六九条の規定は単に取締役のお手盛り防止だけではなく取締役会や代表取締役の報酬額決定権を規制したという立法趣旨から株主総会が例え自らの決議をもつてしても役員退職慰労金額の決定を取締役会に一任することは右条項に違反するという結論が生れてくるのである。

(4) 総会決議の方法

株式会社の役員退職慰労金について過去の多くの訴訟事件を契機として問題点が検討されすでに相当議論がつくされた感がある。

有名な判例として、

最高裁昭和三九・一二・一一、第二小法廷判決(民集一八巻一〇号二一一四頁)

最高裁昭和四四・一〇・二八、第三小法廷判決(判例時報五七七号九二頁)

最高裁昭和四八・一一・二六、第二小法廷判決(判例時報七二二号九四頁参照)

の一連の判決によつて役員退職慰労金の性質およびその決定方法について判例の基本的立場が固まつたものとみられるが、その後もこの最高裁判例に対する批判が根強く、退職慰労金をめぐる訴訟は跡をたゝない。

その原因は退職慰労金について株主総会決議の方法に通説が明確な決議方法を採るのに対し、最高裁判例を含む主流的判例の立場が条件付の取締役会一任の総会決議を認めたことは法理論的な根拠に乏しく、むしろ企業救済のための政治的判決の色彩が濃いからと思われる。

とくに、主流的判例のとる条件としての慣例および内規による一定の支給基準は具体的にどのような場合に認められるか、また、その一定の支給基準について会社の開示の時期、方法、内容等の具体的問題について法理論的に明確な判断は示されていないのが大きな欠点として指摘される、これについて原審判決も同様である。

退職慰労金について、通説、判例ともに株主総会が、無条件に取締役会に一任する決議は無効であることでは一致しているが、いかなる条件のもとに一任決議が認められるかについては次のように判例、学説上見解が分れている。

a 最も厳格な立場をとるのは、商法二六九条のお手盛り防止の立法趣旨から取締役に対する退職慰労金は少なくともその最高限度額を決定すべきであり、その範囲内で具体的支給額の決定と配分を取締役会に一任することは有効である(鴻常夫「役員の退職慰労金」商法の判例三版九七頁、その他、竜田、荒井良憲、矢沢、境、田中(誠)各氏の著書の中に最高限度額を総会で決定すべきである主張がしてある)。

また、下級審判例として大阪高裁昭和四二・九・二六判決、京都地裁昭和四四・一・一六判決、大阪高裁昭和四三・三・一四判決がある。

b 従来の最高裁判例を含む主流的判例は退職慰労金の決定を無条件に取締役会に一任することは許されないが、取締役会の自由な判断によることなく、会社の業績、退任役員の勤続年数、担当業務、功績の軽重から割り出した一定の基準により慰労金の決定を取締役会に一任する決議は無効ではないとしている。

c 上告人は通説の正しい法解釈論を根拠とし、第3号で説明したとおり、株主総会が、取締役の選任権を有しかつ、その報酬額の決定が、商法二六九条の規定により株主総会の決議事項として法定されている観点から少くともその最高限度額は株主総会の決議で決定すべきである。

しかるに、被上告人会社における本件総会決議は退任取締役に対する慰労金贈呈に関し最高限度額を定めず、一定の条件を付したにせよその決定を取締役会に一任しているので商法二六九条の規定に違反した重大な瑕疵があるので無効である。

(5) 原審判決は憲法違反の違法がある。

原審判決は、前示の最高裁判例を基礎にして判示しているが、その中に原審が援用している第一審の東京地裁判決の中に、「一定の基準にもとづき取締役会に任せることは禁止されたものではなく、このような場合に株主総会が退職慰労金の最高限度額を定めることは必ずしも必要ではない」旨判示している。

商法二六九条には取締役の受くべき報酬は定款にその額を定めないときは株主総会の決議で定むる旨、法定しているのである。

要するに、取締役に対する報酬額は株主総会の決議で決定することを法は要求しているのである。そしてこの額は具体的金額であり、最高限度額である。

しかるに、第一審判決は商法二六九条の規定を無視し理論的根拠を示すことなく、最高限度額を定めることは必ずしも必要ではない旨、判示している。まさに商法の規定に反乱した司法判決である。もし最高限度額を定める必要がないと判示するには商法の規定の改正が必要であつて、裁判官の法の拡大解釈によつて法の規定を変更することは法治国家に於ては許されないのである。

次に、商法二六九条には取締役に対する報酬額の決定は株主総会の決議事項であつて最高限度額を定めず、例え一定の条件を附したにせよ取締役会に一任しても差支えないという但し書の規定は存在しない。

要するに、取締役に対する報酬額の決定権限は株主総会の専属的事項であるから例え総会自らの決議をもつてしても商法に規定がないのに勝手に取締役会にその権限を移転するが如きは許されないのである。

しかるに、原審は法の解釈適用を誤り商法二六九条に規定がないのに取締役に対する退職慰労金の決定を取締役会に一任する決議は無効でない判示している。

司法判決は具体的な問題について法規範を定立するもので、右判決は商法二六九条の規定を実質的に変更したと同様の法律効果が発揮されるのである。

したがつて、原審判決は司法判決をもつて商法の規定を変更したものであるから国会の立法権を侵害し、かつ、三権分立主義に反した憲法違反の違法な判決である。

よつて、原審判決は憲法違反の違法があるから破毀は免れない。

第三点 原審は判決に影響を及ぼす法令違反の違法がある。

(1) 予備的請求

商法は株主や会社債権者保護の見地から経営内容公開(ディスクロヂャー)の原則を定め、その実効確保のため商法二六三条、二八二条、二六〇条の四、第二四四条等各規定が設けられ、株主や会社債権者は株式会社の定款、総会及び取締役会議事録、株主名簿、社債原簿、等について営業時間中何時にても閲覧謄写をする権利が認められている。

(2) ところで被上告人会社は、昭和五二年六月二九日開催の第九九回定時株主総会に於いて退任取締役小林中、及び荒井澄夫に対する慰労金贈呈の件に関し、その具体的金額と贈呈の時期・方法等の決定を取締役会に一任する旨の決議を行つたが再委任の件については何らの定めもないのである。

そこで、同日付開催された取締役会に於いて総会決議に従ひ忠実にその業務を遂行し、退職慰労金の具体的金額を贈呈の時期・方法を決定することは受任者の善管義務であり、かつ、同慰労金が被上告人会社の支給内規にもとづき、機械的に算定されるし、さらに功労加算金の制度も適用されないものだけに極めて容易に決定することが可能な状況下におかれていたのである。

(3) しかるに、右取締役会はこれを怠り総会の授権決議もなし、したがつて再委任の権限もないのにもかゝわらず恣意的判断の許において退職慰労金額と贈呈の時期・方法等決定を代表取締役会長及び同社長に対し総会決議をトンネル方式により再委任した決議を行つたのである。

このような再委任の決議は民法第六四四条及び商法第二五四条ノ二の規定に違反する法令違反の重大な瑕疵があるので法律上無効である。

(4) 次に取締役会は再委任をうけた代表取締役社長より退職慰労金の贈呈された具体的金額と贈呈の時期・方法等の報告をうけこれを承認しているにもかゝわらず経営内容公開の原則に反してこれを秘匿する目的をもつて悪意をもつて取締役会議事録にその記載を怠つているのである。これは株主の議事録の閲覧・謄写請求権を不法に侵害する行為である。

このように、商法第二六〇条ノ四第二項の規定に違反する行為は究極的に取締役会が退職慰労金額を決定する決議を行つた証拠がないことに帰着するから右取締役会の決議は法律上無効である。

(5) 以上のように被上告人会社の商法二六四条ノ四第二項の規定に違反した法令違反事実を第一審及び原審はこれを認定しながら判決の中には「いささか適切を欠く」という表現方法により黙認しているのである。

法秩序を維持することは裁判官の使命であり、とくに被上告人会社の商法違反行為は商法四九八条第一九号に罰則の定めがあり、非訴事件手続法第一一条の規定に定める裁判所職員の職権探知事項であるので同法第一六条の規定により第一審及び原審裁判官は東京地方検察庁の検察官に通知する法律上の義務を有しているのである。

しかるにこれらの通知義務は履行されず、如何にして被上告人会社をして勝訴せしめるかに鋭意努力し、その商法違反は不問に付している有様である。

とくに、最近、現職裁判官で不正事件で逮捕されたほか女性関係で問題を起し、退職する等の不詳事件が続出し、裁判官不信の声が高くなつてきている。その原因として裁判官の法軽視の風潮を指摘するものである。

上告人は徒らに裁判官を非難攻撃する意図は有しないが、裁判官の権威を示し法を尊重し、法秩序を維持する使命感を有する良識ある裁判官が厳存することを裁判を通じて示してもらいたいものである。

結論として、裁判過程で表面化した法令違反行為に対しては、法秩序を維持する見地からこれを不問に付することなく、各関係法令を適用して断乎たる処置を採るよう要望するものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例